戦わずして勝つ

−ワクチンでの予防こそ重要−

 

こども救急箱(132)

今回は、予防接種の大切さを抗菌薬(抗生物質)と比較してお話ししたいと思います。    
私たち人間は目に鮮やかで華々しいものに注目する習慣があります。医療の現場でいえば、肺
炎や下痢で苦しんでいる患者さんたちが抗菌薬を注射するだけで見る見る元気になる様子は、ア
ピール度満点です。その活躍があまりに華々しいので、抗菌薬が不要な患者さんまでも「抗菌薬
もらえないんですか」「抗菌薬はウイルスにも効くんじゃないんですか」と発言するほどです。
 一方のワクチンはかなり地味です。麻疹ワクチンを摂取後、記憶が鮮明な12年のうちに麻疹
が大流行し、自分だけが麻疹にかからなかった、などという体験ができたら効果を実感できるかも
しれなどという体験ができたら効果を実感できるかもしれません。しかし、そんな体験はめったに
できません。実際に麻疹ワクチンの効果を評価しようとすると大変面倒です。ワクチンを受けた人、
受けなかった人で麻疹にかかった人数を数え上げ、比べます。苦労して調査しても、結果は何だ
かそっけない数字の羅列にしかなりません。
 感染症を戦に例えるなら、私たちの体(戦場)に攻め込んできた敵を派手な活躍でやっつけるヒ
ーローが抗菌薬です。一方、ワクチンの仕事は、攻め込もうとする細菌と交渉して戦争になる前に
帰ってもらうことです。
 ひとたび戦争が始まれば、たとえ勝利を収めても味方には死傷者がでます。出費もばかになら
ず砲弾の乱れ飛んだ戦場()は必ず荒れ果てます。戦いに勝ってもダメージは避けられないので
す。真の勝利は「戦わずして勝つ」―。戦争をしないですむことなのです。
 私たち小児科医が予防接種の重要性を繰り返し説く理由がここにあります。抗菌薬による治療
が大事なのはもちろんですが、ワクチンによる予防こそがもっと重要だと私たちは考えるのです。

 

認定NPO法人こども医療ネットワーク会員

水流 尚志(国立病院機構南九州病院 小児科)