「母乳じゃないの?」
子ども救急箱(158)
母乳を飲ませながら赤ちゃんを育てる母乳育児がお母さんやお子さんに良い影響を与える
ことは、よく知られています。育児書をはじめ、社会全体が母乳育児を推進する風潮にあり、
軽い気持ちで「母乳じゃないの?」と言ってしまいがちです。しかし、それによって傷つく方も
います。事情で、母乳をあげたくてもあげられない方がいるのです。
鹿児島では、その一つとして、南九州に多いとされるHTLV‐1のウイルスの問題がありま
す。県内では約50人に1人がウイルス感染したキャリアーですので、それ以外の病気による
事情も含めると、母乳育児を選択できない母親は決して珍しくありません。
このウイルスは感染しても大部分の方には問題ありませんが、数%の割合で数十年後に成
人T細胞白血病(ATL)を発症することが知られています。普通の生活で感染することはあり
ませんが、主に母乳を通じて母から子へと感染するのです。
その可能性を減らす目的で母乳をあげない、短めに終えるというつらい選択をするお母さん
もいるのです。つらい選択をされただけに、親切心からの言葉を素直に受け入れにくく、傷つ
きやすいと思います。
このように、母乳をあげていない方の中には、事情がある方が少なからずいらっしゃることを
理解し、配慮することによって、育児しやすい社会環境ができます。
子育ては母乳栄養だけがすべてではなく、スキンシップなど多くの愛情表現による総合的な
ものです。母乳をやめることもお子さんのための愛情表現の一つです。母乳をあげられなか
ったお母さんも、後ろめたいと感じたり自分を責めたりせず、楽しい子育てをしてもらいたいも
のです。
認定NPO法人こども医療ネットワーク会員
根路銘安仁(鹿児島大学病院小児科)