こども救急箱

vol.277 続・低ホスファターゼ症

―歯科受診で早期発見を―

南日本新聞掲載日付 2020/05/05

 4月のあんしん救急箱に低ホスファターゼ症 (以下HPP) を疑うきっかけとなる乳歯の早期脱落(根元から抜ける)に関して歯科の先生に書いていただきました。今回はHPPです。

 HPPはアルカリホスファターゼ(ALP)という骨を強くする働きのある酵素が不足するため起こる病気です。症状の程度や出現する時期で6つのタイプ(周産期型(軽症型/重症型)・乳児型・小児型・成人型・歯限局型)に分けられています。

 お母さんのおなかにいる胎児期から肋骨の育ちが悪く、出生後呼吸困難となる重症なお子さん(周産期重症型)から幼児期、乳歯早期脱落以外の症状を認めない患者さん(歯限局型)など、症状は幅広いです。重症な患者さんは早期に診断することが可能ですが、歯限局型や小児型の患者さんは乳歯の早期脱落が診断のきっかけとなる場合があります。

 乳歯早期脱落を認めた際、多くの患者さんは歯科を受診します。歯科の先生がHPPを疑った場合に小児科受診を勧め、小児科で血液検査でALPの値を確認します。ALPの値が年齢に比べて低い時、HPPの可能性を考え骨のレントゲン写真など更なる詳しい検査を行います。

 HPPの治療は、不足しているALPを補充する注射のお薬と症状に合わせた対症療法がありますが、注射の治療はHPPと診断された全てのお子さんに必要というわけではありません。HPPと診断された方の中には乳歯早期脱落以外で他に症状のない場合もあります。本人の症状や検査結果によって治療の必要性を検討します。

 注射の治療は開始しなかったけれど、成長の段階で低身長や運動発達の遅れ、骨折しやすいなどの症状を新たに認める場合もあるため、定期的な経過観察は必要です。

 子供の成長にかかわるHPPという疾患に早い段階で気づき、治療に結びつけるきかっけになるのが乳歯の早期脱落です。これはご両親をはじめ多くの方に知っておいてもらいたいと思います。

こども医療ネットワーク会員
柿本令奈(鹿児島大学病院小児診療センター)

vol.276 低ホスファターゼ症

―早期に抜ける乳歯注意―

南日本新聞掲載日付 2020/04/07

 乳歯は一般的には5歳頃から生え替わりが開始します。普通は乳歯の下にある永久歯があごの骨の中で成長しながら上がってきて、乳歯が抜けるとすぐに永久歯が見えてきます。

 その際は乳歯の根がとけていることがほとんどです。しかし、成長による歯の生え替わりではなく、永久歯が生えずに乳歯が早く抜けてしまうことがあります。その原因として一つは歯のけがです。遊んでいる最中の転倒や強打によって乳歯が抜けてしまうことがあります。でも、思い当たるけがはないのに、5歳以下で早く乳歯が抜けてしまう場合は低ホスファターゼ症(HPP)という病気の可能性があります。これは、体の中のアルカリホスファターゼという骨を強くする酵素が不足することで起こります。この病気の特徴は乳歯の根がとけずに抜けてしまうことです。それは歯を支えている骨と歯の根をつなげる部分が何らかの原因で弱くなるからと考えられています。小さいお子様の保護者は、乳歯が抜けた原因を歯のけがや、硬いものを噛んだことによって抜けたと考えることが多いですが、低ホスファターゼ症のように病気によって乳歯が抜ける場合があることも知っていただきたいです。歯の様子から低ホスファターゼ症が疑われた場合には小児科へ紹介し詳しい検査を行うことになります。(小児科での検査や治療に関しては次号で予定しています)

 乳歯は顎を作る上で重要な役割を果たします。また、食べる、話すといったお口の機能を育てる上でも大事な要素です。また、抜けた後はしばらく永久歯が生えてこない場合が多いので、子ども用の入れ歯(小児義歯)を入れて、永久歯が生えてくるスペースを保つ必要があります。もし、乳歯が早く抜けた場合は、新たな病気をみつけるきっかけになる場合もあるので、抜けたまま放置せずに近くの小児歯科専門医を受診し、乳歯が抜けた原因を調べてもらいましょう。

276低ホスタファーゼ症

こども医療ネットワーク会員
佐藤秀夫(鹿児島大学病院小児歯科)

vol.275 小児がんへのゲノム医療

―特化した検査開発を―

南日本新聞掲載日付 2020/03/03

 がんゲノム医療という言葉をご存知でしょうか。ゲノムとは,体の設計図である遺伝子などのヒトの体の成り立ちに関わる全ての情報のことで,それが一冊の本のようにまとめられて細胞の中に収められています。細胞が増える時にその本(ゲノム)は書き写されますが,この時に運悪く,がんに関係する遺伝子に書き間違いが起こると,がんが発生すると言われています。この書き間違いを変異と呼ぶので、遺伝子変異と表現します。

 がんの原因となる遺伝子を調べ,診断や治療に役立てることが「がんゲノム医療」です。2019年6月からがん遺伝子パネル検査という,一度に100個以上のがん遺伝子を調べる検査が保険適応となりました。年齢を問わず,標準的な治療法では治療が難しい固形がんの患者さんが検査対象です。

 この検査では約八割の患者さんにがんの原因となる遺伝子変異が見つかります。しかし,実際に保険適応のある治療薬があるか,進行中の治験などに参加するなど,検査結果に基づき治療できる患者さんは約一割です。治療につながる可能性はまだ高くはありませんが,治療法のない患者さんにとっては貴重な情報を得ることができる検査です。

 がん遺伝子パネル検査は,難しい小児がん患者さんにとっても希望の光となり得ます。しかし,現在のがん遺伝子パネル検査は成人を対象に作られているため,治療できる小児患者さんは成人よりも少ないと考えられます。ゲノム医療を小児がんで有効活用するために,小児がんに特化したがん遺伝子パネル検査の開発が必要です。

 小児がんは成人がんと比べると患者数が少ない割に種類が多く,診断や悪性度の評価が難しいことが特徴の一つです。治療だけでなく、診断や治療結果の評価にもこの検査を利用することができるようになれば,さらに効果的で副作用の少ない治療法の開発につながると期待されます。

こども医療ネットワーク会員
中川俊輔(鹿児島大学病院小児診療センター)

vol.274 「悪くなったら」という助言

―患者と認識の共有を―

南日本新聞掲載日付 2020/02/04

 小さな子どもの病気の中には急速に変化するものがあります。医療機関を受診したときや電話相談(♯8000事業)のときにも、「今は様子を見ていいですが、悪くなるようなら再診あるいは受診を」というアドバイスがよくあります。このような場合、医療者の理解と保護者の理解が一致しておらず、結果として、こんなに悪くなるまでなぜ来なかったのだろうかと医師が感じることもあります。

 保護者にとって「悪くなったら」の具体例がなければ判断できないことも容易に考えられますし、何かと忙しい外来、特に急病センターのような時間外診療の場で詳細に説明または質問できない場面も想像できます。

 患者さんと医療者側の行き違いの例として「風邪だと思います」というやりとりがあげられます。患者さんは基本的に病名で考えますので、経過観察を経て他の病名を告げられた際に「今まで説明がなかった」と感じることも多いと思います。一方、医師は症状や検査結果からいろいろな可能性を考えますが、病名だけを念頭に説明しているのではありません。小児科医にとっては、「(病名はまだ判明しませんが)重くないので自宅で過ごせますね」という意味に近いのではないでしょうか。

 患者さんの「大丈夫でしょうか」という質問に対しては「今は大丈夫です」とは答えられるのですが、「ずっと大丈夫です」と言える医師はどこにもいません。がん検診で異常がない時、今までがんはなかったことを示していますが、今後がんが発生しないことを示すものではないのと同じです。

 インフルエンザも検査キットですぐにわかる時代になりましたが、多くの病気は経過を見ながら判断せざるを得ません。早く病名を知りたい患者と、さまざまな可能性を考慮する医療者がお互いの立場を理解した上で、円滑なコミュニケーションが進むことを期待しています。

こども医療ネットワーク理事長
河野嘉文(鹿児島大学病院小児診療センター)

vol.273 インフルエンザワクチン

―見解の相違の壁―

南日本新聞掲載日付 2020/01/07

 小児科を受診すると予防接種、とりわけインフルエンザワクチンの重要性を強調されると思います。あんしん救急箱でもよく取りあげています。どうして小児科医はこの予防接種を勧めるのかと思ったことはありませんか。

 乳幼児期の定期接種(公費負担)に指定されているワクチンは、役所からの通知も届き、健診のたびに小児科医や保健師さんから説明されますね。インフルエンザワクチンは原則的に公費負担はなく、任意接種に区分されています。予防接種の説明書をよく読むと、「定期接種と任意接種に医学的重要性に違いはありません」と記載されていますが、少し違いを感じられているかと推測します。

 よく報道されるのですが、インフルエンザワクチンは発症予防ではなく、重症化予防のワクチンとされています。医療界では脳炎・脳症等で生命に関わる症状は予防接種でしか防げないと言われていますし、病院で働く小児科医にはインフルエンザで入院してくる患者さんの大部分は未接種だと感じられるのです。

 予防接種をしてもインフルエンザにかかったから効果がなかったと思う人は多いと思います。また、予防接種はしない、と断言する保護者もおられます。小児科医と保護者の見解の相違は、得られる情報の違いによるのではないでしょうか。

 立場が違えば見解も異なるのは仕方がないのですが、小児が予防接種を受けるかどうかは子ども自身が決めているのではないという点で、小児科医としてはなかなか譲れない議論になります。

 情報保護の観点から実際に重症化した患者さんの情報は公開されないため、一般の方々がインフルエンザワクチンの重要性を身近に考えるための情報は限られています。玉石混交のネット情報ではなく、事実に基づいた正確な情報で判断できるように、匿名化した患者情報が提供されてもよいように思います。

こども医療ネットワーク理事長
河野嘉文(鹿児島大学病院小児診療センター)