こども救急箱

vol.315 妊孕性温存

―若いがん患者に選択肢―

南日本新聞掲載日付 2023/07/28

治療法の改善により小児や思春期・若年(AYA)世代のがん患者の生存率は向上しています。このため「がんサバイバー(経験者)」の生活の質を長期的に保つこともがん治療の重要な側面となっています。

妊孕性温存とは、妊娠するための力を保つことです。具体的には、生殖機能(妊孕能)が失われる可能性がある治療を行う前に、卵子や精子(配偶子)などを採取して凍結保存します。

2022年4月1日から「小児・AYA世代のがん患者等の妊孕性温存療法研究促進事業」が始まり、妊孕性温存療法に要する費用の一部が助成されるようになりました。妊孕性温存への障壁となっていた費用負担が軽減されたのは、大きな前進です。がんの他にも、造血幹細胞移植やアルキル化剤が使用される病気が対象となっています。

ただし、希望したとしても誰もが妊孕性温存できるわけではありません。がんの治療が最優先されるため、治療前に配偶子を保存できないことや、がんの治療が進むと薬剤によっては保存できなくなることがあります。

また、保存のためには思春期を迎えていることが重要で、妊孕性を温存できる例はまだ多くありません。しかし、もし自分や身の回りの大切な人ががん治療をしないといけなくなったときに、妊孕性温存についての選択肢を知らなかった、もしくは提示されなったために将来の選択肢を失うことは避けなければいけません。

医療の発展に伴い、「がんとの共生」が一層身近となるでしょう。がんサバイバーの方は見た目の変化や教育・就労、晩期合併症などと向かい合い日々を過ごしています。がんについて正しく理解することで、誰もが暮らしやすい社会につながります。

 

こども医療ネットワーク会員

長濱 潤(鹿児島大学病院小児科)

vol.314 新生児スクリーニング 

―拡大検査で早期発見を―

南日本新聞掲載日付 2023/06/30

新生児マススクリーニングは、治療法のある疾患を早期に発見し、早期の治療により障がいの発生や突然死を防ぐことを目的とした検査です。これは以前より「先天性代謝異常等検査」という名称ですべての子どもが受けています。

医学の進歩とともに、治療方法ができ、早期治療が望ましい疾患が新たに出てきました。これらの疾患を従来の新生児マススクリーニングに追加した検査を「拡大新生児マススクリーニング検査」と呼んでいます。

鹿児島県において新たに追加された疾患の一つが脊髄性筋萎縮症(SMA)です。SMAは難病に指定されている疾患です。脊髄にある神経細胞が失われて、体幹や四肢の筋力低下、筋萎縮が進行していきます。これまで病気の進行を止める治療法がありませんでしたが、医学の進歩によって神経細胞が失われる状況を止める治療薬が開発されました。

SMAは進行性の病気で、一度進行した症状は元に戻ることが難しいとされています。しかし、治療が早ければ早いほど、治療効果が高いことがわかっています。症状が出現して病院を受診し診断されてから治療するよりも、無症状に見える段階で診断・治療することで高い治療効果が期待できます。

従来の新生児マススクリーニングで使用する血液の一部を使って検査を行うため、赤ちゃんへの追加の負担はありません。ただし、本検査に係る費用等は自己負担になります。

検査を受けるかどうかは保護者様の自由意思で決められます。検査を受ける際には不安に思う方もいるかもしれません。しかし、治療法のある病気ですので、ぜひ検査を受けていただければと思います。またSMA家族の会でもこの疾患や検査のことを情報発信していますので、ホームページをご覧ください。

 

こども医療ネットワーク会員

丸山慎介(鹿児島大学病院小児科)

vol.313 学校検尿 

―病気の早期発見に活用―

南日本新聞掲載日付 2023/05/26

腎臓の病気は、基本的に初期は無症状です。腎臓の働きがある程度悪くなると、尿量が少なくなる、浮腫(むくみ)がみられる、高血圧になるといった症状がでてきます。症状が出て異常に気づいた時には腎臓の働きを回復させることが難しく、透析が必要になることもあります。

これらの症状が出る前に早期に発見する必要があります。1973年に学校保健法(現在の学校保健安全法)が改正され、子どもの健康診断に尿検査が追加されました。74年に学校検尿が始まり、現在は日本のほとんどの自治体で小学1年生から中学3年生を対象に年1回実施されています。

学校検尿は腎臓の病気だけでなく、生まれつきの尿路(腎臓で尿が作られてから、尿が出るまでの経路)の奇形や糖尿病の発見にも役立ちます。学校検尿で異常を発見できると、早期に治療を開始できます。例えば、IgA腎症という病気は、学校検尿で見つかる腎臓の病気のうち最も頻度が高いのですが、知らずに放置すると腎不全になります。学校検尿が始まってから腎不全で透析が必要となる子どもの割合は3分の1に減少しました。

学校検尿で異常を指摘された場合は、決められた医療機関を受診して精密検査を受けます。学校検尿で異常が見つかっても、病気ではないことも多々ありますので、いたずらに恐れず受診しましょう。せっかく学校検尿を受けたのに、病院を受診しないまま過ごしてしまう人も時々みられ、病気が進行してから診断されることもあります。

忙しい朝に、尿を採取して学校に持っていくのはとても面倒ですが、得られるメリットはとても大きいです。学校検尿を上手に活用して、子どもの健康を守りましょう。

 

こども医療ネットワーク会員

稲葉 泰洋(鹿児島大学病院小児科)

vol.312 水の事故

―万が一に備えて対策を―

南日本新聞掲載日付 2023/04/28

毎年梅雨から夏にかけて水に関わる事故の報道が多く、胸が痛みます。

水の事故で最も多いのは海(49%)、次いで河川(34%)と続きますが、中学生以下の子どもは河川(58%)、湖沼地(19%)、海(16%)です (政府広報オンライン2021年統計)。海と違って河川は比較的住宅地に近いため子どもだけで遊びに行ける場所が多く、大人の目が届かない場所で事故に遭遇してしまいます。

悲しい事故を防ぐポイントについて述べたいと思います。

一つ目は、子どもだけで川や湖などに行かせないことです。中高校生が一緒なら大丈夫でしょうか。親は自分の子どもを最優先で見ますが、中高校生では小さい子に付きっきりで面倒を見ることは難しいでしょう。

二つ目は、大人が責任を持って子どもを見守ることです。残念ながら大人であれば誰でも大丈夫とは言い切れません。飲酒したりスマホをいじったりして、子どもから目を離してばかりの大人は適任ではありません。

また、子どもにもライフジャケットを着用させるなど万が一に備えた安全対策を講じておくことも有効です。よく言われている「浮いて待て」は大変有効な手段ですが、不意に深みにはまったり、不安を感じたりしている子ども(大人も含めて)はパニックになったりしてしまうので、とても難しいことだと思います。

三つ目は、危険を予測して、近づかない、無理しないです。

大人も含めて水の事故は起きます。事故を未然に防ぐには事前学習や知識が必要です。遊泳禁止場所、地元の人が避ける場所には必ず理由があります。離岸流や急に深くなっている地形は危険な場所です。安全に留意して楽しい夏を過ごしましょう。

 

こども医療ネットワーク会員

久保田 知洋(鹿児島県立薩南病院)

vol.311 食物アレルギー

―ナッツ 初めは注意を―

南日本新聞掲載日付 2023/03/31

ナッツとは木の実のことを指し、クルミやカシューナッツ、アーモンドなどがあります。一方ピーナツ(落花生)はマメ科の植物で、土の中で育つのでナッツとは異なります。ナッツアレルギーでもピーナツを食べられることがあり、その逆もしかりです。

また、1種類のナッツにアレルギーがあるからといって、全てのナッツがアレルギーとは限りません。ですが、クルミアレルギーがあると同じクルミ科に属するペカンナッツ、カシューナッツアレルギーがあると同じウルシ科に属するピスタチオにもアレルギーを起こすことがあるので注意が必要です。

今まで食物アレルギーの原因は鶏卵、牛乳、小麦の順に多かったですが、最近の全国調査では、ナッツが小麦を抜いて第3位に浮上し、中でもクルミがずばぬけています。クルミによるアレルギー症状はアナフィラキシーショックなどの重篤な症状が多いため、加工食品のアレルギー表示が義務付けられている食材は現在のエビ、カニ、小麦、そば、卵、乳、落花生の7品目からクルミを追加した8品目となる予定です。

クルミアレルギーが増えている原因は明らかではありません。美容・健康意識の高まり、輸入量の増加を受け、食べる機会が増えたことが原因の一つと言われています。クルミは食用油、ドレッシング、パン、カレー、マカロン、杏仁豆腐などさまざまな食品に使用されるようになりました。

ナッツアレルギーは、アトピー性皮膚炎がある人のほか、すでに鶏卵、牛乳、小麦などの食物アレルギーのある人に起こりやすい傾向があります。初めて食べさせるときには小児科医に相談するか、粉末やペーストなど少量から食べさせてみましょう。

 

こども医療ネットワーク会員

吉川 英樹(霧島市医師会医療センター小児科)