こども救急箱

vol.266 小児医療制度

―継続へ最大限努力を―

南日本新聞掲載日付 2019/06/04

 日本の医療制度の特徴は国民皆保険制度であり、いつでもどこの医療機関でも受診できる点で優れていると言われています。その制度を維持するための財源確保が難しくなり、政府はいかに国民医療費を削減するかに頭を悩ませています。病院で点滴や機械に繋がれて最後を迎えるのではなく、自宅で最後を迎えるべきだという意見も、一部は老人医療費の増加抑制政策と合致しているかもしれません。

 そのような社会情勢の中でも、私たち小児科医は難しい病気の子どもさんの治療において、医療経費を気にすることなく診療ができています。国や自治体による各種の助成制度や難病対策の一貫として、小児慢性特定疾病対策事業をはじめとする各種助成制度のおかげで、子育て世代の実質的医療費負担は軽減されています。

 集中治療室では1日の医療費が数十万円かかっていることや、1回5mlの注射薬が1,000万円近い値段であることを、患者さんの保護者や小児科医が気にしないで最善の医療を提供することに専念できます。最近では25歳以下の一部の白血病患者に投与する3,350万円の特殊な治療も認可されました。子どもたちは守られるべき存在であり、最大限の努力が払われているように思います。

 一方で、人口減少によって財政的に厳しくなることが予測されるわが国で、恵まれた医療制度がいつまで継続できるのかという疑問も出てきます。1回の受診で支払う医療費の数十倍の経費が発生していることを意識し、医療資源の節約を心がけるべき時代になっています。

 昭和に始まり、平成で充実した医療制度を守るために、新しい令和では病気にならないように予防策をさらに強化したいですね。限られた医療資源を必要な患児にきちんと届けられるように。

 

こども医療ネットワーク理事長
河野嘉文(鹿児島大学病院小児診療センター)

 

vol.265 先天性風疹症候群

―妊婦への感染防止を―

南日本新聞掲載日付 2019/04/02

 昨年から都市部を中心に風疹が流行しています。昨年からの患者数は3,567人と、2013年の大流行に迫る勢いです。鹿児島・宮崎でも7人報告されました。患者の多くは風疹の免疫が十分ではない30~40代の男性です。風疹は、風疹ウイルスによって起こり、首の後ろのリンパ節が腫れ、発熱と発疹が3~5日間続きます。発症数日前からウイルスが唾液に排泄され、人から人に飛沫感染で広がります。

 風疹自体は自然になおりますが、妊婦が妊娠20週以内に感染すると、新生児が難聴、眼の障害、心臓病、小頭症などの先天性風疹症候群を起こします。2013年の流行では全国で45人報告され、そのうち11人(24%)が死亡しました。今年もすでに1人報告されています。

 風疹の予防はワクチン以外にありませんが、生ワクチンのため妊婦には接種できません。妊婦は妊娠中に抗体検査で免疫を確認します。MR(麻疹・風疹混合)ワクチンを過去に2回接種しておらず、抗体価が不十分な場合は、人ごみに行かないなどの注意が必要です。また、出産後は次の妊娠にそなえて、すぐにMRワクチンを受けてください。

 妊婦の周囲の方も、妊婦にうつさないように免疫を確認しておく必要があります。過去にワクチンを接種していない方だけでなく、1回接種だけの方も免疫が低下している可能性があります。現在、妊娠を希望する女性、その配偶者などの同居者、抗体価が低い妊婦の同居者は、抗体検査を無料で受けられます。また、今年の4月から、39~56歳のすべての男性が抗体検査を受けられるようになり、抗体価が低い場合は定期接種としてMRワクチンを接種できます。お住まいの市町村または医療機関にご相談ください。

 

こども医療ネットワーク会員
西順一郎(鹿児島大学医歯学総合研究科微生物学分野)

vol.264 虐待通報ダイヤル「189」

―子の発育社会で見守る―

南日本新聞掲載日付 2019/03/05

 児童相談所全国共通ダイヤル「189」(いちはやく)は、平成27年から使われている全国共通の番号で、虐待かもと思った時に児童相談所に通告・相談できる電話番号です。全国どこからでも近くの児童相談所につながり、匿名でも通告・相談できることになっています。それ以前は10桁の番号でしたので、使いやすくする工夫が感じられます。

 児童虐待による死亡事件は頻回に報道されており、最近のニュースでも多くの大人が関わっていたにもかかわらず、小学生の命を救えなかった事実が明らかになりました。親が子を戒めることを認める民法の「懲戒権」の見直しや、「児童虐待罪」の新設を議員が提案すること検討されています。

 よく知られていることですが、児童虐待をする親は、子どもの時に虐待を受けていると言われています。人には自分の過去を肯定したいという本能があり、自ら受けた教育あるいはしつけと同様に子どもを育てる傾向にあるそうです。対応機関の充実や罰則規定の強化で解決できれば良いのですが、現実にはなかなか難しいと思います。

 しつけ、体罰、暴力などについて初等教育から成人になるまで継続して議論し、人は生まれた時から基本的人権が認められている法治国家であることを認識する必要があるように思います。

 ところで、子どもの体調が悪く、医療機関へ連れて行く必要があるのに怠ることを医療ネグレクトと言い、児童虐待の中に含まれます。健診や予防接種の通知が届いても適切な対応をしない場合や、保護者が社会で認められていない独自の治療・対処法を子どもに押し付けると、児童虐待防止法に触れる可能性があります。

 社会全体で子どもの健全な発育を見守るために、189があるのだと理解しています。

 

こども医療ネットワーク理事長
河野嘉文(鹿児島大学病院小児診療センター)

vol.263 水痘と帯状疱疹

―大人が子にうつすことも―

南日本新聞掲載日付 2019/02/05

 2014年から1歳児への水痘ワクチンの定期接種が始まりました。水痘(水ぼうそう)は皮膚の表面が赤くなり、かゆみを伴う発疹や水疱が現れ、38度前後の発熱が2,3日続きます。

 一度かかると、皮膚から脊髄につながる感覚神経の中にウイルスが長い間潜伏します。免疫力が低下すると、再び皮膚に現れて帯状疱疹をもたらします。帯状疱疹は、身体の左右どちらか一方の皮膚に、ピリピリとした痛みを感じ、これに続いて赤い発疹と小さな水ぶくれが帯状にあらわれる病気です。

 帯状疱疹の病原体は水痘・帯状疱疹ウイルスで、水ぼうそうの原因ウイルスと同じです。発疹は治療で治りますが、一部の人に「帯状疱疹後神経痛」という、慢性的な激しい痛みが残ることがあります。

 帯状疱疹は1年間に千人あたり5~6人が発症するよくみられる病気です。50歳ぐらいから増え始め、高齢になるほど発症率が高くなります。16年から、50歳以上の人は、この帯状疱疹を予防できるワクチンを接種できるようになりました。

 これは新しいワクチンではなく、子どもに接種する水痘ワクチンと同じです。副作用もほとんどなく、安心です。効果は完全ではありませんが、帯状疱疹を発症するリスクを約60%減らすことができ、帯状疱疹後神経痛の予防にも有効です。

 1歳児には定期接種になりましたが、1歳未満の乳児は接種できません。また、生ワクチンなので、免疫力が低下している病気の子どもたちも接種できません。帯状疱疹の病変からは、水痘・帯状疱疹ウイルスが排出されますので、もし発症したら、水痘に免疫のない子どもに感染を広げる可能性があります。

 水痘に免疫のない子どもや孫のため、またご自分の健康のためにも、大人もワクチンで予防することをおすすめします。かかりつけ医にご相談ください。

 

こども医療ネットワーク会員
西順一郎(鹿児島大学医歯学総合研究科 微生物学分野教授)

vol.262 加熱式タバコの誤飲

―小型化で丸飲みの危険―

南日本新聞掲載日付 2018/12/04

 乳幼児の誤飲の第一位はタバコです。最近、加熱式タバコが普及してきていますので、今後、加熱式タバコの誤飲も増加することが考えられます。従来のタバコに比べて加熱式タバコは誤飲についての安全性はどうなのでしょうか。

 タバコの誤飲で心配なのは含まれるニコチンによる中毒です。小児の致死量は10~20㎎で、従来のタバコ約1本が相当します。また、嘔吐などの中毒症状は5㎎位で見られます。従来のタバコは、1本あたりのニコチン含有量の表示義務があります。しかし、加熱式タバコのタバコ葉の入ったスティックやカプセルには、実は表示義務がないので明示されていません。そのため、正式にニコチン含有量が公表されていません。国民生活センターが独自に調査した結果では、製品ごとにばらつきがありますが、約2~7㎎でした。従来のタバコに比べて1本あたりのニコチン量は少ないので安全の様にも思えますが、実際にはそうではないと思われます。

 従来のタバコでは1本を食べきる子は少なかったので本体での誤飲による中毒は少なく、中毒になるのは吸殻等を付けた水に抽出されたニコチンを大量にとってしまった例でした。加熱式タバコのスティックやカプセルは、小型化されています。そのため、容易に1個全体を誤飲してしまう危険性があります。従来はタバコ本体での中毒例が少なかったのが、今後は本体を誤飲により中毒症状を呈することが多くなること想像されます。また、使用後のスティックやカプセルも火の始末が無いためゴミ箱等の乳幼児の手の届くところに捨てられることが危惧されます。

 こどもの周りにはタバコが無いが一番です。ご自身の健康のためにも禁煙をしてくだされば幸いです。

 

こども医療ネットワーク会員
根路銘安仁(鹿児島大学医学部保健学科)