こども救急箱

vol.270 成長曲線の作成

-健康状態見守る手段―

南日本新聞掲載日付 2019/10/01

 学校健診で成長曲線を用いた評価が開始され、病院受診を勧められたお子さんもいるかと思います。どのような時に詳しい検査を勧められているのでしょうか。

 学校で使う成長曲線は、全体を100として小さい方から何番目になるかを示すパーセンタイル値で表示されたグラフです。「3パーセンタイルの人」は「100人のうち小さい方から数えて3番目」ということです。一方、病院で使用する成長曲線は、日本人の平均からどのくらい離れているかを示す「標準偏差」(SD)で表示されたグラフを使います。-2.0SDがおおよそ2.3%タイルと同等の身長です。医学的には-2.0SD以下を低身長、+2.0SD以上を高身長と定義します。体重は身長から計算される肥満度で肥満から痩身(やせ)を評価します。

 各学期に測定された身長・体重は成長曲線にプロットされ、過去1年間で1曲線またぐような成長率(身長の伸び)の低下・急増、低身長(3パーセンタイル以下)や高身長(97パーセンタイル以上)の時に、また体重は急激な増減や肥満や痩せの時に病院受診が勧められます。

 身長の異常からは、成長ホルモン以外にも甲状腺や性腺ホルモンの異常を含む種々の病気が隠れている可能性を検討します。肥満は早期介入で糖尿病や高脂血症・高血圧などを予防できる可能性もあるし、ホルモン異常による場合もあります。痩せは甲状腺ホルモンの異常や女性に多い思春期やせ症が隠れている場合もあり精査が必要です。

 病院受診を勧められたお子さん全てに病気が隠れているわけではないので、病院受診をして精査が必要かどうか判断してもらいたいと思います。

 就学前のお子さんも含め、成長曲線作成は子どもたちの健やかな成長を見守る一つの手段です。

こども医療ネットワーク会員
柿本令奈(鹿児島大学病院小児医療センター)

vol.269 母子手帳などの医療情報

―次世代のため保存活用―

南日本新聞掲載日付 2019/09/03

 病気の治療成績は時代とともに向上していますが、普通は「医学の進歩によって」と説明されます。治療はどのように進歩してきたのでしょうか。実はそれぞれの時代に治療を受けた患者さんの情報を蓄積・分析し、次の世代の人々の治療が開発されています。世代間協力です。

 自分が子どものときの健康情報と、老人になってからの病気の情報が結びつけられると、どのように予防すべきかがわかり、次の世代は病気の予防ができるかもしれません。

 小児科医は母子手帳を見る機会が多いのですが、その情報はその後どのように利用されているかあまり考えていませんでした。また、毎年実施する学校健診の記録は、個人には渡されますが、社会としてうまく利用できていなかったようです。

 法律に基づいて実施されている母子手帳交付や学校健診のデータが無駄にならないように、個人情報を保護しながら、将来の自分あるいは次の世代に活用できるよう整理保存する活動が始まっています。貴重なデータを生涯にわたる健康情報(ライフコースデータ)としての利用を考える京都大学の川上浩司教授らによる研究です。

 最新の個人情報保護法にも臨床研究に関する法律や指針にも対応し、行政と保護者が安心して参加できる状況が整えられています。全国各地の自治体と契約して進めていますが、鹿児島県ではすでに伊佐市、日置市など7市町が開始し、準備中の自治体もあります。

 自分の闘病の情報を子や孫の時代に役立ててほしいと考えるのと同様に、上手に匿名化とし、現在に生きる私たちの健康情報を、子や孫の世代に役立ててほしいと思います。このような活動が正確に認知され、貴重な社会資源として保存・活用されることを祈ります。

こども医療ネットワーク理事長
河野嘉文(鹿児島大学病院小児診療センター)

vol.268 食物経口負荷試験

―アレルギー病状見極め―

南日本新聞掲載日付 2019/08/06

 (食物)=食べ物を、(経口)=口から食べて、(負荷)=体に入れてみる、(試験)=検査、という意味です。食物経口負荷試験は、食物アレルギーと診断されていたり疑われたりしている方に行われる検査です。ただ食べ物を食べるだけなのですが、加熱方法、食べる量などを医師が問診や検査結果から慎重に考えます。また、実際にアレルギーがあると食べた後に症状が出てしまうことがあるので、その時の治療の準備を万全にして検査します。そのため医療機関で行う必要があります。

 なぜアレルギーがあるかもしれないものをわざわざ食べてみるのでしょうか?食物アレルギーがある食べ物を食べないようにすることを、「除去(じょきょ)」と言います。

除去にもいくつか種類があり、大きく完全除去と不完全除去に分かれます。完全除去は、どんな調理法であってもごく少ない量であってもアレルギーのある食べ物を除去することです。不完全除去は、しっかり加熱してあれば食べることが出来る、少量であれば食べることができる、という場合に、症状が出ない食べ方に限って食べることです。

 食物アレルギーは、疑わしいものを全て除去してしまえばアレルギー症状が出ることはありませんが、栄養面やいろいろなメニュー、味わいを楽しむことなどが制限されてしまいます。そのため「必要最低限の除去」を行うように推奨されています。

 検査でアレルギーの数値が上がっていた、一度食べた時にじんま疹が出た、なんとなく心配だから、など様々な理由で完全除去している方がいます。また、以前アレルギーがあっても、年齢とともに症状が軽くなったり治ったりする方もいます。それぞれの方のアレルギーの病状を見極め、必要最低限の除去につなげるために、食物経口負荷試験は必要なのです。

こども医療ネットワーク会員
今給黎亮(鹿児島大学病院小児診療センター)

vol.267 アレルギーと離乳食

―基本守り少量から開始―

南日本新聞掲載日付 2019/07/02

 「アレルギーが心配で、離乳食の進め方が分かりません」。食物アレルギーが広く知られるようになった影響で、乳児健診などでこのような小児科医への質問が増えています。

 全てのこどもに、食物アレルギーになりにくくする離乳食の与え方はありません。海外では、ピーナツを乳児期に与えないとピーナツアレルギーになりやすいという研究結果が出ました。日本では、アトピー性皮膚炎がある赤ちゃんに、医師の指導のもとでごく少量の過熱した卵を計画的に食べさせたところ卵アレルギーが減少したとする研究結果が出ました。

 しかし、それ以外の食べものやそれ以外のやり方ではどうか、アトピー性皮膚炎がない赤ちゃんでも卵アレルギーが予防できるのか―は分かっておらず、予防効果がなかったという研究結果もあります。

 では、どのように考えたらいいでしょうか。じんましんでかゆそうにしたり、咳や嘔吐で苦しがったりするわが子を見たら、「いま与えなければアレルギーにならなかったかも」と思うかもしれませんが、そうではありません。WHO が離乳食開始を遅らせることを推奨していた時期もありましたが、現在では食べるのを遅らせることでアレルギーが予防できないことは証明されており、栄養や好き嫌いを減らす観点からもマイナスです。

 血液検査を受けても、アレルギーかどうか見分けることはできません。初めてのものは「1回の食事で1種類、新鮮で、よく火を通して、ごく少量から」という離乳食の基本を守りながら与えましょう。

 生後5~6カ月以前にアトピー性皮膚炎と診断されている場合や、牛乳アレルギーと分かっている場合には、離乳食の進め方についてもよく相談しましょう。

こども医療ネットワーク会員
今給黎亮(鹿児島大学病院小児診療センター)

vol.266 小児医療制度

―継続へ最大限努力を―

南日本新聞掲載日付 2019/06/04

 日本の医療制度の特徴は国民皆保険制度であり、いつでもどこの医療機関でも受診できる点で優れていると言われています。その制度を維持するための財源確保が難しくなり、政府はいかに国民医療費を削減するかに頭を悩ませています。病院で点滴や機械に繋がれて最後を迎えるのではなく、自宅で最後を迎えるべきだという意見も、一部は老人医療費の増加抑制政策と合致しているかもしれません。

 そのような社会情勢の中でも、私たち小児科医は難しい病気の子どもさんの治療において、医療経費を気にすることなく診療ができています。国や自治体による各種の助成制度や難病対策の一貫として、小児慢性特定疾病対策事業をはじめとする各種助成制度のおかげで、子育て世代の実質的医療費負担は軽減されています。

 集中治療室では1日の医療費が数十万円かかっていることや、1回5mlの注射薬が1,000万円近い値段であることを、患者さんの保護者や小児科医が気にしないで最善の医療を提供することに専念できます。最近では25歳以下の一部の白血病患者に投与する3,350万円の特殊な治療も認可されました。子どもたちは守られるべき存在であり、最大限の努力が払われているように思います。

 一方で、人口減少によって財政的に厳しくなることが予測されるわが国で、恵まれた医療制度がいつまで継続できるのかという疑問も出てきます。1回の受診で支払う医療費の数十倍の経費が発生していることを意識し、医療資源の節約を心がけるべき時代になっています。

 昭和に始まり、平成で充実した医療制度を守るために、新しい令和では病気にならないように予防策をさらに強化したいですね。限られた医療資源を必要な患児にきちんと届けられるように。

 

こども医療ネットワーク理事長
河野嘉文(鹿児島大学病院小児診療センター)