こども救急箱

vol.310 ウイルス性心筋炎

―風邪から急速悪化も―

南日本新聞掲載日付 2023/02/24

人気漫画「ドラゴンボール」で、主人公・孫悟空がウイルス性心筋炎で命を落とすエピソードが出てくるのを知っていますか?ウイルス性心筋炎は、ウイルス感染を原因として起こる一般的な風邪がきっかけとなります。

風邪の場合、ウイルスが増殖する場所は鼻、喉、気管といった気道が中心で、症状は鼻汁やせきなどです。何らかの原因でウイルスが心臓の細胞へ侵入して増殖し炎症を起こすのが心筋炎で、心筋細胞がダメージを受けて最悪の場合は壊死してしまうことがあります。

ウイルスがどのように心臓の細胞へ侵入するのか正確には分かっていませんが、感染後5~7日で心筋細胞のダメージが確認され10~14日程度で修復過程に入っていくことが知られています。ダメージを受けた心臓は体全体へ血液を送ることが難しくなるため、さまざまな症状を呈します。

はじめは風邪と同じ症状でも、嘔吐、腹痛などの消化器症状やけいれんなど次々に変化することがあるため、慣れた小児科医でも心筋炎を初期に診断することはとても難しいです。

血液検査、心電図、心臓超音波検査などを駆使して診断しても急速に病状が悪化することがあり、速やかにECMO (エクモ) と呼ばれる体外循環装置を導入しなければならないケースがまれにあります。孫悟空のように命を落とすこともあり得ない話ではありません。

 近年、若年者で新型コロナウイルス感染やワクチン接種の後に心筋炎を発症することがあると報告されています。ワクチン後の心筋炎は軽症がほとんどで、頻度が極めて低いことも分かっており、接種により感染・重症化予防を図るメリットの方が大きいとして、日本循環器学会では基本的にワクチンを推奨しています。日頃からかかりつけの医師とよく相談し、万全の体制で備えておくことが重要と考えます。

 

こども医療ネットワーク

櫨木 大佑(鹿児島市立病院小児科)

vol.309 hMPV

―10歳までにほぼ感染―

南日本新聞掲載日付 2023/01/27

ヒトメタニューモウイルス(hMPV)というウイルスがあります。聞き慣れない名前ですが、日本では10歳までにほぼ100%が感染するありふれた風邪のウイルスです。皆さんもきっとかかったことがあるはずですが、多くは軽症で自然に治ってしまうので、これまでの風邪のどれがヒトメタニューモウイルス感染症だったのか分からないまま大人になります。

鼻水やせき、のどの痛み、発熱、体のだるさなど一般的な風邪の症状に加え、幼児では息をする際にゼーゼー、ヒューヒューといったぜんそくのような症状を起こしやすかったり、血液の中の酸素の量が少なくなったりします。時には重症になり入院が必要になることがあります。

似たような症状を起こす有名なウイルスにRSウイルスがあります。RSウイルスが1歳未満で流行することが多いのに比べ、ヒトメタニューモウイルスは1~3歳で流行することが多く年齢が高めです。鼻の中を綿棒でこすって判定する検査がありますが、風邪症状などがある子ども全員に行うわけではありません。肺炎を起こしている場合や入院を考える重症な風邪の時に、原因を探すために検査します。

ヒトメタニューモウイルス感染症に特効薬はなく、自己免疫力で治す病気で治す病気です。多くは軽症で自宅療養になることがほとんどです。発熱やせきがきつくない時に食事や水分を取らせ、鼻水が多い場合はできるだけ取ってゆっくり寝かせてあげましょう。

高熱で寝つきが悪い場合は解熱剤を使うのもよいです。水分が取れずおしっこの量が少なかったり、呼吸が苦しそうで顔色が悪かったりする際は、病院を受診して追加の治療や入院が必要でないか確認してもらいましょう。

 

こども医療ネットワーク会員

今給黎 亮(いまきいれ総合病院小児科)

vol.308 急性脳症

―ワクチン、重症化を予防―

南日本新聞掲載日付 2022/12/23

冬場になると、いわゆる「風邪」で発熱し、けいれんで救急搬送される子どもが増えます。多くは熱性けいれん(発熱に伴う短時間の全身性けいれん)で、予後も良好です。しかし、中にはけいれんが長く続いたり、けいれん後の意識の状態が悪かったりする子がいます。こうした場合、「急性脳症」という病気に注意が必要です。

急性脳症は、ウイルス感染などを契機とした過剰な免疫反応が脳の機能に影響を与え、けいれん、意識障害、行動異常などを引き起こす病気です。

確固たる治療法がなく、患者の状態に応じて脳のむくみを抑える治療や炎症性物質を抑制する治療などを集中的に行います。それでも3分の1を超える患者に後遺症が出て、さらに約5%の患者は亡くなってしまう、という点がこの病気の恐ろしさです。

急性脳症の原因としては、インフルエンザウイルスやヒトヘルペスウイルス6型(突発性発疹の原因)などが多く報告されています。また、新型コロナウイルスでも流行の拡大によって脳症による死亡例が報告されています。

一部の病気はワクチンがあり、急性脳症などの重症化の予防が期待できます。新型コロナウイルスワクチンについても、日本小児科学会が生後6か月以上のすべての子どもへの接種を推奨しています。

現在、一部のワクチンは任意接種で、接種するかどうかを保護者が判断しなければなりません。強調したいのは、「感染しないために」ワクチンを接種するのではなく、「急性脳症を含めた重症化を防ぐために」ワクチンを接種してほしいということです。これからの時季、さまざまなウイルスが流行しやすくなります。ワクチン接種をぜひ検討してください。

 

こども医療ネットワーク会員

今塩屋 聡伸(出水総合医療センター 小児科)

vol.307 インフルエンザ

―流行に備えワクチンを―

南日本新聞掲載日付 2022/11/25

冬はインフルエンザ流行の季節ですが、最近は2年続けて流行しませんでした。将棋の藤井聡太竜王の言葉を借りれば、思いがけない幸運を意味する「僥倖」でしたが、この冬は一体どうなるでしょうか。2年流行がなく、ウイルスに対する免疫が弱い人が増えていることを考えると、インフルエンザが子どもにとって脅威であることは間違いありません。

ワクチンには「インフルエンザの発症を予防する」「学校での欠席日数を減らす」などの効果が期待でき、国内の小児科医の大半が所属する日本小児科学会は接種を勧めています。台風や火山噴火に備えてさまざまな対策をするように、感染症の流行に備えることは非常に大事です。

「予防と治療とに人為の可能を用いないで、流行感冒に暗殺的の死を強制されてはなりません。」「世間には予防注射をしないと云う人達を多数に見受けますが、私はその人達の生命の粗略な待遇に戦慄します。自己の生命を軽んじるほど野蛮な心理はありません。私は家族と共に幾回も予防注射を実行し、其外常に含嗽薬を用い、また子供達の或者には学校を休ませるなど、私達の境遇で出来るだけの方法を試みて居ます。」(横浜貿易新報・1920年1月25日付)などの文が新聞に掲載されたのは、なんと100年以上前。インフルエンザの「スペイン風邪」が世界で大流行していました。「君死にたまふことなかれ」などで知られる歌人の与謝野晶子が、家族を感染症の脅威から守ろうと奮闘しながら寄稿したものです。

私たちは現代の文明社会に生きています。歴史に学び、科学の力を用いて、子どもたちと社会を守りましょう。

 

こども医療ネットワーク会員

山遠 剛(県民健康プラザ鹿屋医療センター小児科)

vol.306 思春期

―始まりに個人差、治療も―

南日本新聞掲載日付 2022/10/28

「胸が大きくなるのが早いのでは」と心配して受診する女子は少なくありません。胸(乳房)の膨らみは、女子で最初にみられる二次性徴(思春期の徴候)で、胸のしこりや痛みで気付くことがあります。不思議に思われるかもしれませんが、しこりや痛みは男子にもみられる症状です。

思春期とは、子どもが大人になっていく過程で、心身ともに変化する時期を指し、性ホルモンが増加することで性差がはっきりしてきます。通常の思春期の始まりは、女子が10歳ごろ、男子が11~12歳ごろで、2~3年早いと思春期早発症が疑われます。

早発症の目安として、女の子では「7歳6ヶ月までに乳房が膨らみ始める、8歳までに陰毛・腋毛が生える、10歳6ヶ月までに生理が始まる」、男の子では「9歳までに精巣が発育する、10歳までに陰毛が生える、11歳までに脇毛・声変わりがみられる」があります。

そのほか、身長の伸び、骨の成熟、性ホルモンの増加などを総合的に評価して診断します。

病院では成長曲線を作成し、血液検査や手の骨のエックス線撮影などを行います。思春期早発症は、女子では原因不明の「特発性」が多いですが、男子は病気が隠れていることが多いので注意を要します。特発性でも、「周囲との差に本人が戸惑いを感じる」「早期に身長の伸びが止まる」いう問題点があります。

治療は、原因がある場合は原疾患に対する治療を行います。原疾患の代表例には脳腫瘍があります。特発性については、思春期が来るのを遅らせる治療もあります。

最近では学校でも成長曲線を作成するようになったため、学校から身長の伸びすぎを指摘されて受診されることもあります。思春期の開始は個人差がありますが、心配な時は小児科へご相談ください。

 

こども医療ネットワーク会員

徳永美菜子(今村総合病院小児科)